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最近の寄贈資料より
(2014年5月現在)

埼玉(大阪)の勝野様より寄贈された海軍関係資料より。

↑巡洋艦「最上」(もがみ)
昭和10年11月、艦長伊藤整一大佐(後、第二艦隊司令長官として戦艦「大和」以下を指揮し、沖縄で戦死)を迎えた際の撮影(推定)


↑上記写真の拡大。伊藤整一大佐である(後中将として大和水上特攻を指揮した。)



↑同じく昭和10年夏期の「最上」後甲板にて。リノリウムが光沢を放っている。砲塔が明瞭に見える。


↑同じく昭和10年夏期の「最上」後甲板にて。水兵も集合。九〇式水上偵察機もある。

↑同じく昭和12年ころ、敷設艦「勝力」甲板にて


↑昭和10年頃、瀬戸内海に集合した連合艦隊。

↑拡大すると水上機母艦「能登呂」が!

↑昭和10年当時最新鋭の大改造終了後の戦艦「山城」

↑第二次改装前の「伊勢」型戦艦!!

↑近代化改修を受け、カタパルトを装備した「多摩」型軽巡洋艦も見える。

以下、昭和10〜12年頃 帝都に艦隊入港時の一連の写真。

↑横浜港? 長良型軽巡洋艦が桟橋に並んでいる。湾内には峯風型駆逐艦も。

↑「歓迎 帝國聯合艦隊」のアーチをくぐり、青年団・警官・在郷軍人会の警備の下、海軍軍楽隊は帝都へ!

↑銀座「三越」前。戦前日本はこんなにも豊かだった。

↑同じ銀座をビルの上から眺める。服部時計店を見れば現在の場所も容易に特定できる。

↑妙齢のお姉さんに給仕を受ける軍艦「妙高」の水兵。色気より食気のようだ。

↑映画館「金龍館」があるので夜の浅草。当然、兵隊さんは半額であったろう。


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